STILL LIFE
アートや音楽 思ったことを つれづれに
戯れ言
たとえば、川俣正とか宮島達男とかリ・ユーファンとか、新聞の現代美術の記事でよく眼にします。

インスタレーションなどもだいぶ表現スタイルとして認知もされてきました。

でもなんだか芸術が見た目の抽象表現やコンセプチュアル・アートにどっぷりと浸かってからすごい遠くのものになってしまったような気がして憂います。

僕が簡単な手法で表現したものを「コンテンポラリーでない」というギャラリストがいたり、抽象画を未だにコンテンポラリーだといったり、もうそんな区分けとか価値観自体がとてもナンセンスなような気がします。

だいぶ前に「新たなる統合へ」というような新しい枠組みをテーマとした国際展示が横浜でされたと思うのですが、それも結果は「新たなる統合」が啓蒙できたのかどうか疑わしいことです。

表現スタイルが具体的なモチーフであれ、抽象的であれ、そこにこめられたものはなんだかんだ抽象的なもので、未だにスタイルで区分けしてるのには辟易してしまいます。

マルセル・デュシャンの時代からヨゼフ・ボイスをへて現代にいたるまで、芸術とか美術とかは哲学とか価値観の啓蒙や芸術家のための実験作業になってしまって退屈に思えることが多いです。

秋葉原のネオンやショーウィンドウや店内の内装などを見ているほうが楽しくていろんな雰囲気を感じるのは変な考えでしょうか?

結局僕の好み自体がエンターテイメントであって、ハプニング的な出来事よりも練られたコントのような「芸」が好きなんです。芸術って「芸」がなくなってしまったような気がしてなりません。

教室で絵画を教えていると「モンドリアンのような絵画を描きたいんです」とかいう話はほとんど聞かず、ルネサンス期から印象派の表現に共感する方が非常に多い。

いろんな価値観とか正解があっていいんだけど、このギャップとかっていったいなんだろうといつも答えが出ずにその場しのぎで過ごすことが多いです。

社会自体が迷走している現代が結局、芸術にあらわれてしまっているのかな、と浅い知識と経験で考えてしまっています。


この記事に対するコメント
コンテンポラリー
はじめまして。
何がコンテンポラリーで何がコンテンポラリーではないのか、そのようなことを考えたことがなかったので、記事を読ませていただいて自分なりに考えてみました。
おっしゃられるとおり、私も
>区分けとか価値観自体がとてもナンセンス
だと思います。

美術評論家、美術ジャーナリスト、キュレーター、ギャラリーの人たちが、
今このアートが旬だとか流行っているなどと言って、その分野に群がる作家がいて、コンテンポラリ−っぽいもの、そう呼ばれそうなものを作ったりしているのかと思える場面にも出会うような気がします。
【2008/04/10 04:29】 URL | じゃむ #- [ 編集]

コメントありがとうございます
ひととおり美術史なども勉強したつもりですが、浅い知識の中でも考えてしまうことを日記につづってみました。

もともと考えていたことですが、海外展に出品するようになってから価値観の相違や幅の広さ、日本でのコンテンポラリーの定義がかなり狭い範囲であることに気づきました。

逆にコンテンポラリーとは別の流れで制作している作家がとても多いことにも。

もっと別の流れや層を自分で作っていっていいんですよね。。
【2008/04/10 07:59】 URL | 江口 繁 #- [ 編集]


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